竹中製作所の社長のひとりごと
つれづれなるままに日頃思い浮かんだことを書きつづってみます
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フロアレスシェルター
 今年もたくさん山に登り、日本百名山も残るところあと2座となりました。山中で泊まる時、私は基本的にテント泊なのですが、その遍歴はダブルウォールテント、ドームシェルター、フロアレスシェルターと変遷してきました。
 ダブルウォールテントというのは、インナーテントの外にフライテントのついた二重のテントです。なぜ二重になっているかというと、断熱効果を高めるということも多少はありますが、結露を防ぐためということが主な理由です。テントの最低限の条件というのは、風と雨を防ぐということです。ところが、通気性のない幕で外と中を仕切ると、テントの外は気温が低いのに対し、テントの中は人間の体温によって気温が高くなります。この温度差によってテントの内側が結露し、水滴が付着します。水滴が付くぐらいならまだいいのですが、強風が吹くと結露した水滴が雨のように体に降り注いだり、テントの中に水たまりができたりします。ダブルウォールテントというのは、この結露を防ぐために壁幕を二重にしたもので、フライテントの内側は結露しますが、通気性のあるインナーテントの内側は結露しないという仕組みになっています。ダブルウォールテントのデメリットは、二重のテントになるため、当然ながらかさばり、重くなるという点です。私の使っていたダブルウォールテントは2人用で2kgほどのものでした。
 登山では数時間、場合によっては10時間以上勾配のある坂道を登るため、重い荷物というのは思った以上に体の負担が大きいので、逆に荷物が軽いと負担が少なくなり、同じ時間でより遠くまで行くことができるようになります。次に使ったドームシェルターというのは、通気性のないシングルウォール、つまり1枚の幕だけのものです。テントとシェルターの違いというと、文字どおりにいうと通常用のものか緊急用のものかという区分になりますが、シングルウォールのテントとシェルターの違いを簡単にいえば、通気性のある生地か通気性のない生地かということです。通気性があり、しかも防水性のある生地というものがあり、それを使えばシングルウォールでも結露がしにくいテントというものができます。ただし、通気性があるということは内外の温度差が少なくなる、つまりテント内が寒くなるということであり、さらには通気性のない生地に比べて重くなります。私の場合軽さを重視してシェルターを選んだので、結露は我慢するしかなく、時によっては夜間数回に渡って壁面の水滴をふき取る作業が必要でした。しかしながら重量は700gと一気に軽くなりました。
 そして最後にたどりついたのがフロアレスシェルターです。これは一枚の幕で、テントの底にあたる部分がないのが特徴です。当初、その存在は知っていましたが、底がないというのは悪天候では不安で、風が下から吹き込んでシェルターが飛ばないか、雨が川になってシェルター内に流れ込まないかと思い躊躇していました。ところが、あるホームページで、フロアレスシェルターを使用していて非常に快適であるとの詳細な報告があり、感化を受けて使用することになりました。実際に使用してみてまさに快適であり、現在はこれで安定して使っています。心配していた風は、しっかりペグダウンして風が吹き込まないようにすればかなりの強風でもだいじょうぶで、雨も川になってシェルター内に流れ込むほどの大雨であれば、底のあるテントでも浸水すると思えます。底のあるテントでは、中で水をこぼしたり、火を使っていてフロアを焦がす心配もありますが、フロアレスではそういった懸念も無用で、水を捨てるのもシェルター内にすてればいいので楽です。四隅をペグダウンしてポールを立てれば設営完了。後はテント内の地面にシートとマットを敷くだけで、5分もかからず、撤収も同様に簡単です。構造も簡単なため、重量も500gほどです。結露はしますが、水滴は壁面を伝って地面に流れますので、ほとんど気になりません。最近は雪の中でもこれで通しています。
 テントのフロアというのは当然必要だと思っていましたが、実際にフロアレスシェルターを使ってみると、無用の長物であったという感がします。

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乾杯事始め
 先日ある宴席で、乾杯の音頭をとるようにいわれ、改めて乾杯について調べてみました。マナーの本によると、乾杯の挨拶は長すぎてはならず、1分30秒が標準だということです。
 日本で乾杯の習慣が始まったのは、意外にもごく最近のことのようです。時は幕末、日英修好通商条約の交渉の折、会食をする場に至り、英国の代表であったエルギン伯爵が、「我が国ではこのような場合、国王の健康を祝して杯を交わす習慣がある。我々もぜひそうしようではないか」と提案しました。日本側は突然のことで戸惑いましたが、幕府の代表であった下田奉行の井上清直という人は、幕閣と相談の上、静まり返った会場でやおら立ち上がり、大きな声で「乾杯!」と発声し、またすっと着座したそうです。その様子があまりにも滑稽だったため大爆笑になり、その場がなごんだとのことです。中国には「乾杯(カンペイ)」という言葉がありますので、井上はとっさに「Cheers!」という英語を乾杯と漢訳したのでしょうが、これが我が国における乾杯事始めだったようで、英国の記録に残っているそうです。
 ちなみに、乾杯の後は拍手をしますが、拍手という習慣も幕末以降に西洋の習慣として日本に導入されたもので、江戸以前にはなかった習慣です。
 この井上清直という人はなかなかの人だったようで、開国について井伊直弼と直談判したり、勝海舟を咸臨丸で米国に派遣したり、かなり先見性のある行動をしています。
 と、このあたりまで話して1分30秒ぐらいになりますので、ここで参加者の発展と健勝を祝って乾杯の発声に移れば、理想的な挨拶になるのではないでしょうか。乾杯の蘊蓄話、ぜひ使ってみては?

クリスマスはキリストの誕生日にあらず?
 先般、ウクライナからの留学生からウクライナのクリスマスは1月7日だということを聞き、意外でしたので少し調べてみました。
 現在世界中の国々では一般的にグレゴリオ暦という暦を使っていますが、ウクライナで信仰されているロシア正教ではユリウス暦を使っています。ユリウス暦というのは、紀元前の古代ローマの独裁官、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が定めた暦で、それをより正確に修正したものがグレゴリオ暦で、こちらは16世紀にローマ法王グレゴリオ13世が策定しました。ユリウス暦では、4年に一度閏年を設定し、2月を28日より1日多くすることが定められていましたが、地球の自転とのずれにより128年で1日のずれになり、16世紀には10日ものずれが生じていました。グレゴリオ暦ではこのずれを解消すべく、400年間に3回閏年をはずし、97回の閏年を設けてあります。
 ローマカトリックが定めた暦に対立するロシア正教が合わせることもなく、未だにロシア正教ではユリウス暦を使っているということでしょう。ちなみに、July(7月)というのはカエサルの誕生月といわれることから名づけられました。August(8月)は、カエサルの養子であり、ローマ帝国初代皇帝、オクタビアヌスの尊称、アウグストゥスから来ています。
 ところで、グレゴリオ暦ではクリスマスは12月25日ですが、なぜ25日の夜に祝いをせず、前日の24日をクリスマスイブとして祝うのかが、昔から不思議に思っていたことでした。クリスマスをキリストの誕生日だと思い込んでいた訳ですが、実は、クリスマスというのはキリストの誕生日ではなく、キリストの誕生を祝う日なのだそうです。新約聖書を始め、いかなる文書にもキリストの誕生の月日、時間の記述はなく、生まれた年さえ不確実なのです。そして、教会暦では、日没から日没までを一日としていましたので、キリストの誕生を祝う日である12月25日は、12月24日の日没から25日の日没までを示すのだということです。そういえば、クリスマスイブ(Christmas Eve)のイブは、evening(夜)の古語であるevenから来ているそうで、クリスマスイブこそが、「キリストの誕生を祝う夜」ということになるのでしょう。

雪山賛歌
 先日初めて雪洞泊りを経験しました。上州武尊山(ほたかやま、ほたかさん2,158m)に友人と二人で行き、途中雪の吹き溜まりの箇所で雪洞を掘り始め、3時間ほどかけて二人が横になれるほどの雪洞が完成しました。雪洞の中は割と温かく、(氷点下にはならない)雪が音と湿気を吸収するため、大変静かで、湿度も低く、ロウソクの小さな灯りでも雪壁が反射して明るく、すごしやすかったです。これまでも雪山でテントで泊ったことはありますが、いずれも小屋のすぐ近くで、今回のように隔絶された場所で一夜を過ごすのは初めてのことでした。夜半に入口から光が差し込んでいるので外に出てみると、月明かりが雪原に反射して、辺り一面日中のように明るく輝いていました。見渡す限り人工物の何一つ見えない光景はすばらしく、自然のただ中に身を浸しているだけで幸福な感じがしました。
 雪山賛歌という歌(雪よ岩よ、われ等が宿りで始まる有名な歌)は、第一次南極観測隊副隊長だった西堀栄三郎氏が若かりし頃、大雪で足止めを食らった嬬恋村の旅館で、退屈しのぎに京都帝国大学山岳部の仲間と作った替え歌です。
 原曲はアメリカ民謡「Oh My Darling, Clementine」で、カリフォルニアで19世紀半ばに起こったゴールドラッシュを背景にした歌です。金山で一攫千金を夢見る男の娘クレメンタインが、アヒルを川に連れて行ったときに木の切り株に躓いて川に落ちて溺れてしまうというストーリーです。

日本一遠い温泉と日本一危険な温泉
 今年はたくさん山に登りました。その中で、「日本一遠い温泉」と「日本一危険な温泉」といわれる露天風呂に入る機会がありました。
 日本一遠い温泉とは、黒部川の源流、北アルプスの山々に囲まれた雲ノ平のさらに奥にある高天原温泉で、15時間山を登らないと辿りつかない所です。もちろん前泊しなければ行けないわけで、秘湯中の秘湯といわれています。山小屋からさらに20分歩かなければならないので、せっかく汗を流しても小屋に戻ってくる頃には少し汗ばんでしまいます。さすがになかなか行くことのない大自然のただ中の温泉なので、晴れ渡った青空と周りを囲む山々に感動もひとしおでした。
 日本一危険な温泉とは、欅平と黒部ダムの間にある阿曽原温泉で、欅平からは切り立った断崖絶壁を削ったり、桟道を掛けたりした水平歩道という登山道を5時間かけて行く場所です。この水平歩道というのは、黒部川のダム開発の資材を運ぶために作られたもので、その名の通り延々と水平に続く道なのですが、人がやっとすれ違うことができるほどの道幅であり、その下は黒部川まで2、300メートルの絶壁になっています。「黒部に怪我人なし」という言葉がありますが、まさに落ちたら怪我では済まない所です。ここは残雪のために例年9月にならないと通行できず、また凍結の為10月一杯で山小屋が営業を終了するため、年間で2ヶ月間ほどしか通ることができません。その間に2千人ほどの人がここを通りますが、毎年何人か滑落する人がいるそうです。そのようなことから日本一危険な温泉といわれるようですが、実際に行ってみると思っていたほどの恐怖は感じませんでした。こちらも黒部の山々に囲まれた絶景の露天風呂で、極楽気分でした。あいにくと紅葉がいまひとつでしたが、また紅葉の盛りの時に訪ねてみたいと思っています。





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